あ、部長!
来週の金曜日、有休取ろうと思います
来週の金曜日…
すまんがその日は人が足りなくてね
出社してもらいたいんだよ
前に有休の届出をしようとしたときも
人手不足だっておっしゃったので
届出はしませんでしたが…
今回はどうしても休みをいただきたいんです
すまないがこのご時世だ
募集はしているんだが応募が全然ないんだよ
でも有休は従業員の権利ですよね?
権利が使えないのはおかしくないですか?!
(…なにやら不穏な空気…)
それは確かにそうなんだが
会社には「時季変更権」があるから
君が有休を取りたいという日を変更できるんだ
私の言ってること、合ってるよね?!
えっ?!(いきなり振られた…)
確かに時季変更権はありますが…
でも変更って…
前も有休取れなかったのに「変更」とか
普通におかしくないですか?!
そ…そうですね…
顧問社労士に確認してみますね!!
(だから落ち着いて〜)
この記事を書いたのは
社会保険労務士/採用定着士:大冨 伸之助
ジビエな社労士。
2004年(平成16年)社労士試験合格、翌年登録。
人手不足の時代に、社労士だからできることがあると信じています!!
- 採用定着
- 人材育成(人事制度)
- 福利厚生(退職金)
「社員よし、顧客よし、会社よし」の仕組みをあなたと共に創ります!
企業には時季変更権があるが…
企業は、雇入れの日から起算して6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した従業員に対して10労働日の有給休暇を与えなければいけません(労働基準法第39条第1項)。
そして企業は、この年次有給休暇を従業員の請求する時季(具体的な時期または季節のこと)に与えることになります。
年次有給休暇の性質
年次有給休暇は6か月継続勤務し全労働日の8割以上出勤すれば当然の権利として「発生」→従業員はその権利を使う時季を指定することになります(二分説)。
時季指定の結果、年次有給休暇取得日として特定した日の就労義務は、時季指定した時点で消滅するとされています(時季指定した時点で休みになる)。
この理屈に従えば、冒頭のような争いが起こる余地がないように思えますよね?
「来週の金曜日」という時季指定をした時点で、その日の就労義務が消滅するので。
ですが、労働基準法第39条第5項ただし書きに企業による時季変更権が定められています。
これらをまとめると、年次有給休暇が成立するのは、
- 従業員が年次有給休暇を取得する時季を指定
- 企業が時季変更権を使わなかった(「事業の正常な運営を妨げる」という前提が必須)
を同時に満たす場合ということになります(時季変更権を使うと、時季指定の効力が阻止される)。
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。
ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
労働基準法 第39条第5項
冒頭のケースでは、従業員が年次有給休暇の時季を「来週の金曜日」と指定したのですが、部長は人手不足を理由に時季変更権を使うと言っていますね。
ということは、この「人手不足」が「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するのか?という点が問題になりそうです。
企業は「事業の正常な運営を妨げる場合」には、年次有給休暇取得日を変更できるのだが…
時季変更権の誤解
確かに人手不足が深刻な場合、働く人が休んでしまうと仕事が回らなくなる可能性がありますよね。
では、「人手不足だから」という理由は、時季変更権を使う前提である「事業の正常な運営を妨げる場合」にあたるんでしょうか?
「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、次の要件をすべて満たす場合をいいます。
- 年次有給休暇として指定した日に働くことが、その従業員の担当業務を含む課や係の業務などの運営にとって欠かせない
- 代わりの要員を確保するのが困難
そして、企業が代わりの要員を確保するための努力をしないまま直ちに時季変更権を使うことは許されません。
部長は「人手不足」を理由に、代わりの要員確保を検討することなく即時季変更権を持ち出していますが、少なくともそれではダメということになります。
どんな場合でも代わりの要員確保が必要?
企業はどんな場合でも代わりの要員確保が求められるんでしょうか?
企業は、「通常の配慮をすれば代わりの要員確保が客観的に可能な状況」であるときに、代わりの要員確保が求められます。
そして、「通常の配慮をすれば…客観的に可能な状況」であるかどうかについては、
- 勤務割変更の方法・実情
- 年次有給休暇請求に対する企業の従前の対応の仕方
- 従業員の作業内容・性質(代替の難易さ)
- 欠務補充人員の作業の繁閑(管理職などによる代替の可能性)
- 年次有給休暇請求の時期(代替者確保の時間的余裕の程度)
- 週休制の運用の仕方(週休日の者を代替者にする可能性)
これらを総合的に考慮し、判断するとしています。
もう一点、代わりの要員は全従業員の中から確保すべきでしょうか?それとも、探す範囲は限定されるのでしょうか?
課や係といった業務組織、それと密接に関連する業務組織の範囲で、代わりの要員確保の努力がなされるべきです。
つまり、全社を見渡した代替要員確保までは求められていないということです。
時季変更権はいつでも、どんな理由でも使えるわけではない!理由や行使のプロセスに注意!
企業は代わりの日を提案する必要はある?
時季変更権を使う場合、企業は代わりに年次有給休暇を使う日を提案しないといけないんでしょうか?
答えは「NO」。
提案する必要はありません。
なぜなら、従業員は代わりの日を自分で決めることができるから。
この「代わりの日を決めることができる」というのが実は重要なんです。
退職が決まった従業員が退職日までの間まとめて年次有給休暇を消化するケース、ありますよね。
それを時季変更権を使って阻止できるか?という質問はあるあるなんですが、できません。
理由は、もう辞めてしまうため代わりに年次有給休暇を取る日がないからです。
近年は学生アルバイトが卒業などで退職する際に、退職までの期間年次有給休暇をまとめて消化することを求めてくるケースもあるので、企業はそれを想定しておかないといけませんね。
年次有給休暇を取らせないことはできるのか?
さて冒頭の事例に話を戻します。
果たして部長は、人手不足を理由に時季変更権を使えるでしょうか?
この企業は、どうも慢性的な人手不足に陥っているようですね。
その場合、時季変更権は使えないと判断される可能性があります。
慢性的な人手不足で常に代わりの要員確保が難しい場合にまで時季変更権の行使を認めてしまうと、年次有給休暇を取る権利が保障されなくなってしまうからです。
恒常的人手不足による時季変更権についての裁判例としては、西日本ジェイアールバス事件(名古屋高裁金沢支部平成10年3月16日判決)などがあります。
慢性的な人手不足で常に代わりの要員を確保できない状態では、時季変更権が認められない可能性がある!
企業が採れる対策は?
最近は従業員の意識の高まりもあって、年次有給休暇を巡る労務トラブルも増えているように感じます。
労務トラブルを予防するために、企業ができる対策はなんでしょうか!?
人手不足対策
冒頭の事例の場合、まずは人手不足に手を打っていかないといけませんね。
とはいえ、中小企業の多くが直面する採用難。
安定志向の高い人材はどうしても待遇の良い大手企業を目指します。
中小企業は手も足も出ないのでしょうか?
自社の魅力を棚卸ししてみる
確かに中小企業は待遇面では大企業には勝てません。
ですが、その企業独自の魅力はどこかしらにあるものです。
まずは自社の魅力を棚卸ししていくことをおすすめします。
自分一人で考えても限界がありますし、視点がズレることもあるでしょう。
長く勤めてくれている従業員や経営者仲間、外部の人の意見も聞いてみるといいですね。
採用と定着は両輪!採用ばかりに注力するのはムダ…
自社の魅力を棚卸ししたら、それを最大限伝えられるような求人原稿を作成します。
このとき注意したいのは、自社の魅力を求める人にしぼった内容にすること。
とにかく人手不足だと、できるだけたくさんの人に見てもらいたいと考えますが、これでは逆効果です。
ターゲットはしぼりにしぼって、特定の人だけに見てもらえばいいと考えなければ、誰にも刺さりません。
ターゲットをしぼるのは、定着にも効果があります。
なぜなら、自社独自の魅力に惹かれ、応募してくれた人だから。
採用を頑張ってどうにか人材を確保しても、すぐに辞めてしまえばプラスマイナスゼロどころか単純にマイナスです。
採用と定着は両輪で考えないといけません。
普段から年次有給休暇を取りやすい環境に
企業は普段から年次有給休暇を取りやすい環境を整えなければいけませんね。
冒頭の事例では、若手従業員は会社の体制に不満を感じています。
このままでは転職を視野に入れるかもしれません。
人手不足だから…ではなくて、できることを検討し、着実に実行していかなければ。
たとえば今の仕事のやり方一つ取っても、改善の余地があるのではないでしょうか?
余計な手間や意味のないプロセス、属人化した仕事…。
現場を見てみると、削れるもの、捨てられるものがあるはずですし、人が手をかける工数を減らせるかもしれません。
人手不足の解消だけでなく、業務の見直しも同時に進めていく必要があるんじゃないでしょうか?
従業員と良好な関係を築く
従業員とは良好な関係を築くべきです。
労務トラブルは、相互不信の結果勃発すると私は考えています。
そもそも労使の関係性が良いと、同じ事案でもトラブルに発展しないケースってあるんですね。
良好な関係と言っても決して馴れ合いではなく、企業の目指すものと従業員の意識のベクトルを合わせていくことで実現していくべきかなと思っています。
そのためにはまず、自社の理念や達成すべき目標を全員で共有していくことが大事ですよね。
年次有給休暇の相談は社労士に!
一口に年次有給休暇と言っても、根本には課題は幅広く散らばっていることに気づいていただけたのではないでしょうか?
私ども社会保険労務士事務所スリーエスプラスは、10年の実務経験であなたの会社の隠れた課題抽出から解決策の提案まで、幅広くご要望にお応えします。
年次有給休暇の課題に直面したら、まずはお気軽にお声掛けください。
監修:大冨伸之助(社会保険労務士)
広島県社会保険労務士会所属。2004年(平成16年)社労士試験合格、翌年登録。
「社員よし、顧客よし、会社よしの仕組み創り」をテーマに、採用定着支援・労務相談対応・人事制度設計・バックオフィスのIT化支援・確定拠出年金導入支援を行う。
約10年の社労士実務経験以外に約8年の会計実務経験があり、経営的視点から中小企業の経営者の決断を支える。
”smile” ”speed” “security”を仕事の基本スタンスとし、頭文字を取り事務所名を「社会保険労務士事務所スリーエスプラス」とした。
広島市生まれの呉市育ち。
広島県外に住んだことがなく強めの広島弁が特徴だが、オンラインで全国対応可。
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