部長、お疲れ様です!
…どうしたんですか?何かお困りのようですが…?
それが先日入社したAさん
他の新卒者と比べて全然仕事を覚えてくれなくて本当に困ってるんだよ…
この調子だとこのまま勤めてもらっても仕事ができるようになるとは思えないし
まだ試用期間だから、辞めてもらうのも簡単だよね!?
解雇は難しいというイメージがありますが、試用期間中ですよね…
念のために、顧問社労士に聞いてみますね…
能力不足の社員に困っているという相談は、実際に多く寄せられる案件です。
一般的に、解雇の理由の中でも能力不足を原因とする解雇は難しいものですが、冒頭のように
試用期間中ならある程度自由に解雇できるのではないか?!
と考える経営者は、経験上少なくありません。
ということで今回は、試用期間中の能力不足による解雇のリスクと対応について説明します。
試用期間とはどういう期間?解雇はできる?
そもそも、試用期間とはどういう期間なんでしょう?
そして、試用期間中の解雇は本当に、ある程度自由にできるんでしょうか?
新卒者を試用期間中に解雇(本採用拒否)したことについて争った三菱樹脂事件という裁判の中で、試用期間について次のように述べています(判決文はとても読みにくいので労働政策研究・研修機構のHPから抜粋しています)。
難しい内容なので、要点のみ知りたい方は「POINT」のカコミまで読み飛ばしてもOK!
試用契約の性質をどう判断するかについては、就業規則の規定だけではなく、当企業において試用契約を付けて雇われた者に対する処遇の実情、とくに本採用に関する取扱の慣行の様子をも重視しなければならない…本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。
独立行政法人労働政策研究・研修機構「試用期間」 https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/02/08.html より抜粋
本件の解約権留保は、新卒者の採否判断の当初は、適格性を判断する適切な資料が十分に収集できないために、最終決定を試用期間中の調査や観察後まで保留するというものであり、このような留保をつけることは、今日の状況に鑑みると合理性がある。
それゆえ、試用期間満了後の解雇(留保解約権行使)は、通常の解雇と全く同一とは解し得ず、通常の解雇よりも解雇の自由は広く認められる。
前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解する。
企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべき
なかなか難解な文章ですが…ざっくり言えば以下がポイントになります。
- 試用期間とは、社員としての適格性を判断し、本採用しない場合に解雇する権利を会社が持っている期間
- 試用期間満了後に解雇する権利は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である場合のみ行使できる
試用期間中の解雇は通常の解雇よりも広く自由を認められるとしつつ、解雇にはちゃんとした理由と一般的に考えたところの相当性が必要ですよ、としています。
この裁判例では、採用決定後における調査の結果、または試用中の勤務状態等により
- 当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合
- 知らなかった事実に照らして、試用期間中の者を引き続き雇用するのが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合
解雇することができるとしています(逆にその程度に至らない場合は解雇できない)。
例えば「何となくうちの会社に向いてなさそうだから」「他の新卒者と比べて仕事の覚えが悪いから」という理由での解雇は、試用期間中であってもリスクがあるんですね(解雇が無効になる。労働契約法第16条)。
採用決定時に知ることができなかった事実が試用期間中の勤務状態等により明らかになった場合
かつその事実により解雇することが客観的に見て相当でなければ、試用期間中でも解雇はできない
能力不足による解雇の裁判例
試用期間中でも自由に解雇できる訳ではないことが、先の説明で何となく掴めたのではないでしょうか?!
でも、正直思いませんか?
客観的に相当ってどのレベルですか?!と。
このレベル感を掴むには、能力不足での解雇の是非が争われた裁判例を複数確認するのが有効です。
日本品質保証機構事件
新卒で入社し試用期間中の社員が、担当業務で基本的なミスを繰り返した。
会社側はこれまでの勤務状況では本採用できない旨を伝え試用期間を延長。
その後も状況が改善せず、別部門への異動を打診したが社員が引き続き同じ業務を担当することを希望。
会社は新入社員に求める水準に到底達していない、異動も困難と判断したことから、最終的に解雇した。
これに近い例で相談が寄せられる例は、私にも複数経験があります。
それでは、この事件の結果がどうなったのか。
解雇権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当ということはできず、本件解雇は無効。
なぜ試用期間中の解雇が無効と判断されたのでしょうか?!
判断の中では、次のように述べています。
- 基本的なミスを繰り返していたことが認められるが、ミスによる影響は会社内部にとどまっており、会社に損害を与えるものではなかった
- 社員が注意指導された事項は、直ちにミスや不備とは言い難い、些細な内容も含まれていた
- 社員は注意指導に反発することなくメモを取るなど改善の姿勢を見せていた
- メモを取ったにも関わらずその後に活かされていないと指摘された、同じことを二度尋ねてとがめられたことで萎縮し、さらなるミスを誘発した面が否定できない
以上から導かれた結論はこちら。
- 社員が改善の姿勢を見せており
- 他に配転可能な部署がなかったとも認め難いことを考慮すると
社員の勤務不良につき改善の見込みがなく、解雇しなければならないレベルに至っているとは認められない
いかがでしょうか?
単に「仕事のできが期待値に全く届かない」という理由で、試用期間中に解雇するのは難しいということが掴めたのではないでしょうか?!
本ケースは、本人がミスをなくすための努力をしていることが判断に影響していると考えられます。
新卒者は職業経験が乏しいため、能力の向上にある程度時間がかかるという点を考慮しつつ、能力不足による解雇の判断しないといけません。
日本基礎技術事件
危険を伴う場所で大型の機械を使うことが求められる等の仕事の特性がある技術社員として新卒採用された。
しかし研修中に危険な行動を行い、時間や規則を守らず、睡眠不足で集中力を欠いたため、上司が何度も指摘したにもかかわらず改善しなかった。
会社は、試用期間中に解雇した。
こちらについては、同じような能力不足の事例であるものの、解雇が有効とされています。
- 繰り返し行われた指導による改善の程度が期待を下回るというだけではなく(他の社員が2~3分強でこなす作業に1時間半かかったという事実もあり)
- 睡眠不足については(入社から)4か月目に入ってようやく少し改められたという程度
- 本人も改善の必要性は十分認識でき、改善の機会も十分に与えられていた
- 会社としても本採用すべく指導、教育を行っていたといえる
ということで、結論としてはこちら。
今後指導を継続しても、能力を飛躍的に向上させ、技術社員として必要な程度の能力を身につける見込みも立たなかったと評価されてもやむを得ない状況だった
このケースは、
- 十分な指導、教育を行ったが改善しなかった
- 睡眠不足で居眠りするという社会人としての自覚に欠ける行為があった
- 生命、身体に危険が及ぶような重大な規則違反があった
というレベル感です。
何となく前の事例とはレベル感が異なるのが分かりますよね!?
このように、争いになれば一つひとつの事実に基づいて解雇の是非が判断されることになるため、一概に解雇が認められるのか否かを判断することはできません。
解雇が無効になることのリスク
解雇が無効になることによって、解雇したはずの社員は「実は解雇されてなかった」ことになります。
そして少なくとも、解雇した時から後の未払給与を払うことになります(バックペイ)。
バックペイの金額は、争いが長引けばそれだけ高額になります。
1月の給与は正社員なら数十万なので、すぐに100万円単位の支払いになることは簡単に想像できると思います。
試用期間中でも解雇は慎重に!
ざっくりでも、試用期間中とはいえ決して自由に解雇できないということは掴んで頂けたと思います。
試用期間中の能力不足への対策を、私の実務経験からまとめておきます。
- 期待する仕事のレベルを明確に文書で示す(到底達成できないような無茶振りはダメ)
- 期待するレベルに達するまでの期限を明確にする(場合により試用期間の延長も検討するが、就業規則の定めが要る)
- 期待するレベルに達するために必要な教育指導を、高密度で行う
- 高頻度の面談で、実績確認とフィードバックを行う
それぞれの狙いは、
- 会社と社員の期待値の食い違いが多くのトラブルを生むことから、期待値のズレをなくす
- リミットを設けることにより、成長が待ったなしであることを認識してもらう
- 教育なしに「使えない」はあり得ない。戦力になってもらうことにフォーカスして根気よく教える
- フィードバックは理想と現実の差を埋めるために必要
会社としてやらなければいけないことは、戦力になってもらうために必要なことを根気強く教えることと、どうにかその人を活かせる案を検討すること。
採用した人材の能力を活かすために最大限努力することです。
それらを心底の目的として試行錯誤した後でなければ、試用期間中の解雇であっても大きいリスクを背負わなければいけないと思った方がいいでしょう。
争いになった時に会社が有利になることを目的として形だけの教育、指導をしたとしても、実際に裁判で争えば見抜かれてしまう可能性が高いのです。
解雇が最終的な決定打になって労務トラブルが発生するケースは、残念ながら多いです。
能力不足の社員がいて対応に困ってるあなた、トラブルになる前に顧問社労士に相談してみて下さい。
なお、社会保険労務士事務所スリーエスプラスでは、能力不足の社員への対応に関するお悩みの相談も受け付けています。
労務リスクは放っておくと大きく膨らむだけで、どんどん解決が困難になります。
あなたがもしお困りでしたら、今すぐお問い合わせフォームからお気軽にご連絡下さい(WEBにて全国対応可能です)。
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監修:大冨伸之助(社会保険労務士)
広島県社会保険労務士会所属。2004年(平成16年)社労士試験合格、翌年登録。
「社員よし、顧客よし、会社よしの仕組み創り」をテーマに、労務相談対応・人事制度設計・バックオフィスのIT化支援を行う。
約10年の社労士実務経験以外に約8年の会計実務経験があり、経営的視点から中小企業の経営者の決断を支える。
”smile” ”speed” “security”を仕事の基本スタンスとし、頭文字を取り事務所名を「社会保険労務士事務所スリーエスプラス」とした。
広島市生まれの呉市育ち。
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